2010年03月11日(木)

微妙に違うからこそおもしろい中日文化4

ビジネスマナー・ビジネス日本語 講師 島田 由利子


中国語には、日本語にはない「動詞に奥行きを持たせる漢字」があるのをご存知ですか?


「"掉(でぃあお)"はこんなに日常的に使われる漢字だったんですね・・」上海に居住し始めてから、しみじみと感じたことはいくつかありますが、そのうちのひとつがこの"掉"です。もちろん口語で頻繁に使われるのであって、書面ではあまりみかけません。また北方より、主に南方で使われる言葉だそうで、上海ではよく耳にします。


"掉"一文字で使われるときは、落ちる、という意味です。たとえば、ぬっていたマニキュアがとれた時とかに使われます。しかし、私が注目しているのは、動詞の後につけて使われる場合です。このときは、その動詞があらわす動作により、消えてなくなってしまうという意味合いが入っています。

さまざまな"掉"

人民広場の近く、老西門のあたりに、東台路という、古玩(ぐぅわん)をはじめとするさまざまな器を売っているお店がずらっと並んでいる地域があります。古玩はいわゆる骨董品のことで、4年ほど前何度か通って気に入った器など買い求めたのですが(もちろんお求めやすい普通の器です)、ある器が少し汚れていてそのことを店主に言ったところ、彼は「洗掉(しーでぃあお」いう言葉を使いました。洗って汚れがおちる、という意味ですが、住み始めたばかりの頃でしたのでとても印象に残った言葉でした。結局、洗不掉でしたので、後日また伺ってほかの器にいたしましたが。


また、同じ頃マクドナルドでコーヒーをテイクアウトしたのですが、こぼれたらいけないので袋をもう一枚もらおうと店員さんに言ったところ、「不会翻掉(ぶふいふぁんでぃあお)?」。こぼれたらいけないから?という意味ですが、"掉"がつくと、こぼれてコーヒーがなくなってしまうという雰囲気がよく出ているなぁと感じ入った次第です。

特定の年齢層だけが使う言葉ではなく、一般的によく使われています。ある先生に書類とそのコピーをお渡ししたところ、原本は持っていてください、コピーだけいただきます、とのこと。その理由として「不会diu掉(ぶふいでゅうでぃあお)」。"diu"は日本語にはない漢字ですが、中国語で失うとかなくすとかいう意味です。この場合、日本語だと、なくさないように、ですが、この"掉"がつくと、なくなって、そして消えてしまう、という感じがよく出ていますね。


大学の寮に住んでいた上海人の友達が、ほぼ単位も取り終えたので週一回実家から大学に通うことにしたと言うので、「寮にはまだ部屋があるの?」と聞いたら、「退掉了(とぅいでぃあおら」。寮はもう引き払ったとのこと。だから部屋はもうないわけです。


また、友人とおしゃべりしている時、彼女が何かメモしたいことがあると言うので、私の使っているノートを差し出したところ、この一枚を「撕掉(すーでぃあお)?」と聞かれました。"撕"は破るという意味なので、破ってもいい?ということですが、破ったらその一枚はなくなるので確かにそうだな、と感じた次第です。


また、美容院にお顔のマッサージに行った時のことです。始めた時間が遅かったので、マッサージが終わるころ、お客さんが誰もいないのではないかと、ちょっといやだな、というようなことを担当の女性に言ったところ、「最后一个走掉(ぞうでぃあお)的客人」になりたくないのね、とのこと。う~ん、なるほど、と思いました。というのも、"走了"(もう帰りましたよ)、とか"走吧"(行きましょう)とかはよく使いますが、"走"に"掉"がつくと帰っていなくなる、つまり、そこにはもういない、という雰囲気が伝わってくるからです。以上は記憶に残っている"掉"ですが、記憶に残っていない"掉"もまだまだあるかもしれません。

"掉"と奥行き

中国の方にすれば、なんということもない、どうということもない漢字だと思いますが、言葉や漢字に敏感な私からすると、この"掉"という一文字が動詞の後につくだけで、その動詞が文字通り動きをもってくる気がするのです。その動詞に奥行きが出てくる感じがするのです。


少し話がそれますが、私はこの奥行きという言葉が大好きです。人間はある程度いい年を重ねると、幅はでてきます。ただ、奥行きは年齢とともに出てくるものではないようです。本人が何を大事に思い、人としてどうあるべきかを見極めようとする姿勢が、人間としての奥行きにつながるのではと思っております。若くても奥行きのある人はいらっしゃいますし、また逆もあります(自戒の念を込めて)。私は、奥行きのある方、奥行きの深い方とお話をさせていただくと、本当に単純にうれしくなります。


そこで"掉"の再登場です。この一文字でもちゃんと意味があるのに、動詞の後ろについて奥行きをもたせる漢字"掉"。日本語でこの漢字に相当する言葉をいろいろ考えてみましたが、思い浮かびません。"掉"は意味自体もあまりよくはなく、特に注目もされておらず、ある意味かわいそうな漢字ですが、ひっそりと、でも動作に奥行きを与えるその静かな姿勢に、いぶし銀的な味を感じているのは私だけでしょうか。


微妙に違うからこそおもしろい中日文化、興味が尽きません。

島田 由利子

ビジネスマナー・ビジネス日本語 講師 (上海在住)

専門分野
ビジネスマナー・日本語講師

日米および香港・上海での長く幅広い社会経験から裏打ちされた、ビジネスマナーおよび語学指導に好評を得る。
各種研修と講演および各誌コラム執筆多数。

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島田 由利子
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